続ビデオカメラ
VIDEO CAMERA 2
ISBN 978-1-4523-6844-3
Published by Hello Ken1 at Smashwords
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「続ビデオカメラ VIDEO CAMERA 2」
高之が気づいた時はすでに遅かった。高之はバイクを倒し、少女を避けるのが精一杯だった。下りでスピードも乗っていたし、それにブラインドの左カーブ、ましてや草むらから少女が飛び出してこようとは誰が想像できただろうか。高之とバイクは一体となりきれいに舗装されたアスファルトを滑るようにガードレールに向かっていった。
高之の足元でマフラーがアスファルトと擦れ合い、火花が飛び散りゴーグルのガラスを叩く。ヘルメットは地面と数ミリの空間を保ちながら高之の頭を守っている。
突然、高之のからだは衝撃を受け宙に舞った。空間に放り出された高之の両目には、白いガードレールにぶつかっているオイルの漏れ出したバイク、その脇に転がっているグレーのヘルメット、アスファルトに残った黒い筋、そして少女が映った。少女のブルーのワンピースは初夏の空と似通っていた。少女の表情はわからない。少女の顔をビデオカメラが覆っている。
草むらから父親らしき男が現れ、少女からビデオカメラを取り上げようとしている。少女はそれを振り切り空中を舞っている高之を撮り続けていた。いつから撮り続けているのだろうか。少女が草むらから姿を現した時はすでにレンズが高之を捕らえていたような気がした。
高之のからだは落下しはじめ、少女親子の姿は消えた。視界から消える瞬間、父親の表情が見えた気がした。父親は笑顔で少女に話しかけている、そんなふうに感じた。果てしなく広がる青空、生まれたばかりの入道雲、生い茂った緑緑とした木々の葉。高之の記憶はとぎれた。
「また何かお願いしたの」
父親は娘が手にしているビデオカメラに触れながら微笑んだ。
「そろそろパパに返してくんないかな、このカメラ」
「あのね、パパ、オートバイの音が聞こえたの、それで待ち伏せしてたの。そしたらね、ほんとに来たのよ。でも、リョウコにぶつかってくるの。それでね」
父親は一瞬顔を曇らせたが、娘からカメラを受け取ると電源を切った。
「それでどうしたの、リョウコちゃん」
「うん、でね、大空に舞っちゃえってお願いしたの」
「そしたらオートバイのお兄ちゃんは飛んじゃったんだね。みんなには内緒だよ」
「わかってるわ、パパとリョウコの秘密でしょ」
リョウコはパパの腕に抱きつくとシャツに顔をすりよせた。
「でもね、すごいよね。パパのカメラって願い事何でもかなっちゃうんだね」
「こらこら、でもパパに内緒で持ち出したらだめだぞ。使いたい時はちゃんとパパに一言、声をかけてね。最近よく持ち出してるでしょ」
そう言うとリョウコを抱き上げ、高いたかいをした。
「うん、今度からちゃんとパパに言うわ。だからね、パパ、肩車がいいな」
どのくらい意識を失っていたのだろうか。高之は肌寒く自分を包む冷気と夜露に目を覚ました。暗闇に眼をならす必要がないくらい月が明るく夜空を支配していた。
「おめざめ?」
聞き覚えのない声が頭上から聞こえた。
「まだはっきりしませんか」
顔に降り注ぐ月明かりを遮るように声の主は高之を覗きこんだ。大きなシルエットだった。高之の顔よりも優に一回りは大きかった。急に月明かりを遮られ、高之は瞳を大きく見開こうとした。その動きを察知してか声の主はゆっくりと高之の左手の方に顔を移動した。高之は月明かりを背にしたそのシルエットにたてがみを見たような気がした。
「ここでの怪我はないはずです。あるとすれば道路で転倒したときのものでしょう」
たてがみを持つ輪郭に月明かりがあたった。
「わたしたちみんながクッションになりましたから」
向日葵。月明かりが照らし出したものは、高之の顔よりも一回りも大きな花を持つ向日葵だった。言葉を話す向日葵。
「驚かないでください。世の中にはあなたがたの想像を越えた事がたくさんあるのですから」
高之は確かに驚いて言葉を失っていたが、恐怖心が自分を包んではいない事に気付いた。ただ言葉を無くし、また何と言っていいものか理性がついていかなかった。
「取って食べたりしませんから、落ち着いたら呼んでください。と言っても根が張ってますからどのみちここにいますけどね」
向日葵の言葉は優しかった。
首をもたげ、周りを見回すとあたり一面が向日葵の群生だった。高之と同じ背丈ほどの向日葵の中に一人で横たわっているのだ。そのなかに一人、いや一本だけ一回りほど大きな向日葵がいた。花びらの色も周りのものよりも抜きんでていて表情すら感じられる。向日葵の香り、夏の匂い。高之は徐々に我を取り戻していった。
「少女が飛び出してきて避けたんだけど、崖下に落ちてきたってわけか」
立ち上がろうとする高之に劇痛が襲った。左足首だ。かなり強くひねったようで体を支える事ができない。高之はたまらずしりもちをついてしまった。
「いいものがありますよ。きっとそれで怪我は治るでしょう」
高之の様子を見ていた向日葵が言い示す向日葵自身の根元には汚れたビデオカメラがあった。よつばいで近づきそれを手に取ると、向日葵が高之の顔を覗いていた。
「雨風から守ってきたつもりですからまだ動くはずです」
結構泥がついていた、それでも向日葵なりに守ってきたのだろう、電源は入る。ファインダーの汚れを指でぬぐった。テープは入っている。録画ボタンも正常に動作する。
「オートフォーカスがいかれているね。マニュアルなら問題ない。でもなんでこんなものがここにあるんだい」
「祐二さんがそのカメラで私をしゃべれるようにしたんです」
「これは魔法のカメラってわけかい。不思議な事ばっかりだね」
高之は向日葵の存在は認めざるをえないとしても、それ以上のことはなんとなく拒絶していた。
「じゃあ、その祐二さんって人はどこにいるの」
「あなたと同じように崖から落ちてきて亡くなられました。一年ほど前でしょうか。一晩ほどお話をしました。そのかたのカメラです」
「このカメラの力で君がしゃべれるようになり、僕の怪我が治るんなら、どうしてその祐二さんは自分を治そうとしなかったのかな」
ファインダー越しに向日葵の表情が見える。悲しそうに首を横に振っている。
「軽率な行動を取り恋人を救えなかったと。カメラを使って一時の感情をぶつけてしまい、殺してしまったと」
「辛いね」
「最後の最後まで悔やんでいました。告白する相手として私にカメラを向けたんだと思います。人の言葉を理解する向日葵。でも私には人の言葉など必要ない事です」
「戻りたいんだね、仲間と同じに。このカメラで戻れるんなら戻してあげるよ」
向日葵はゆっくりとうなづいた。
「向日葵の花が向いている方向にずっと歩いて行くと、夜明け前には街に出れます。お気をつけて。それと、もう一台同じようなカメラがあると祐二さんは言っていました」
高之はふと思い出した。飛び出してきた少女は高之にずっとカメラを向けていた。
「うん、ありがとう」
「あと私の根元に録画済みのテープが数本あります。これも持っていってください」
高之は向日葵に言われた通り、花の向いている方向に数時間歩き、国道に出る事ができた。すぐにバス停を見つけたが始発までまだ数時間あったので、隣の公衆電話からまりあに電話をした。まりあは当然眠っていた。
「バイクだめにしちゃった。迎えにきてくんない」
「もう、何時だと思ってるのよ。えっ、バイクどうのって?怪我は」
まりあの車で自分のマンションに向かうまでの間、高之は何をどう話していいものか迷っていた。
「バイクはどうするつもり」
ーそうか、ガードレールにぶつかったままだ。ナンバープレートから警察が割り出して処理するように連絡が来るだろう
「そうだな、そのうちな」
「なにがそのうちよ、まったく。それで女の子をはねたりしていないんでしょうね。もしよ、もしちょっとでもぶつかってでもいたらひき逃げみたいなもんなんだからね」
「それはないよ、絶対。バイクから放り出された後も彼女が父親と立っているのをちゃんと見たんだから」
「でも、だったら、どうして救急車が呼ばれないの、警察が来ないの?あなたは事故ったのよ。そうよ、それよりもなんでぴんぴんして麓の国道まで出てこれるのよ」
「驚くなよ。世の中にはきみの想像を越える事がたくさんあるんだから」
向日葵の言葉をそのまままりあに言った。
「夜明け前に起こして、迎えにこさせて、そういうふうに言うわけ」
「僕もちょっと混乱しているんだ。マンションに戻って、すべてはそれからだよ」
高之のマンションにつくと、まりあも一緒に車を降り、部屋に向かった。
「これで帰れなんて言わないでしょ」
「そうだな、ちょっと一人で見るには恐いものを手に入れたから一緒に見ないか」
エレベータのなかで祐二のビデオカメラと数本のテープをまりあにかざした。
「どこまで何を信じてあげましょうか」
高之はカメラの電源を入れた。
「とりあえず正気に戻って」
レンズをまりあの顔に向け、
「悪夢から目を覚ますように」
マニュアルでピントをあわせ、
「朝食を作ってあげるわ」
録画ボタンを押した。
「まりあは僕に熱いキスをする」
カメラの向きを変え、まりあと向かい合う高之。
まりあは両腕を高之の首に絡ませると、高之の唇にかみつくように自分の唇を重ね、舌を高之の口内奥深く挿入してきた。高之は最初だけそれに応えるとゆっくりとまりあを引き離した。
ちょうどエレベータのドアが開き、高之のフロアに到着した。
「なに今の。何をしたの」
「さぁ?きみからキスをしてきたんだぜ」
「そのくらい判るわよ。でもその前にカメラを私に向けたじゃない」
当惑するまりあの背中を押し、高之も今一つ半信半疑のままエレベータを降りた。
まりあは高之の部屋でテレビの画面に釘付けになった。背筋の凍る思いがし、首を横に振るばかりだった。
「おまえみたいな聞き分けのない子は、いなくなってしまえ」
カメラは女性の全身を捕え、祐二と思われる男性の声が部屋に響いた。女性はうつろな瞳のままカメラから身をひるがえし、後を走りぬけようとする大型バスの前に走りこんだ。そこで我に戻ったのだろう、何が起こったのか判らず泣きそうな表情がからだ全体に広がり、そこで突然とテープは終わった。
まりあは泣いていた。背中全体で泣いていた。高之にとってもあまりにショッキングな内容だったが、まりあにとってはそれ以上だった。
「りょうこなの。去年の夏、軽井沢で死んじゃった涼子なのよぉ」
まりあとはこのあと会話にならなかった。ひたすら泣きじゃくり、泣きつかれたまりあは高之のベッドで背中を丸くして寝入ってしまった。
まりあの寝息が聞こえはじめると、高之はカメラ本体に入っているテープの再生を始めた。
ー祐二はカメラの力に気付いていた。でも涼子には教えていなかった
画面にカメラを持つ男の姿が映しだされた。
ー涼子はカメラの力に最後まで気付いていない
男の腕には少女がぴったりくっついている。画面は揺れている。
ーただ、カメラを貸してとねだる涼子がうっとおしくなったんだ。意図して殺そうとしたんじゃないな、きっと。偶発だろう
高之は向日葵の言葉を思い出した。
「軽率な行動を取り恋人を救えなかったと。カメラを使って一時の感情をぶつけてしまい、殺してしまったと」
ーそのとおりだな。何等かの原因で救いの言葉にカメラの力を得る事ができなかったのだろう。操作を間違えたか、バッテリーが切れたか
カメラが少女の顔を捕らえている。
ーそれを苦に自殺をしたのか。だったら、向日葵に人の言葉なんて理解させる必要はないな
「じゃあ、そんな意地悪なお兄さんなんて、いなくなってもらおうか」
ーえっ、祐二の声じゃない
「君、自殺してください」
祐二のカメラが男の顔を捕らえている。男は自分のカメラを祐二に向けているらしい。その言葉と同時に祐二のカメラは被写体を目の前の男と少女から床に移した。
「もう一台同じようなカメラがあると祐二さんは言っていました」
再び向日葵の言葉が脳裏をよぎった。
ーこのことだ
高之はもう一度見ようとテープを巻き戻した。
男性にすがりつく少女。ビデオカメラ。まさかと言う思いが高之の心臓を締めつけた。何回巻き戻し、何回少女のところで画面を停止し、何回男性の体格を確かめたのだろうか。空中からの記憶だと、少女の顔はカメラで確認できない、男性の顔はこのテープだとカメラで覆われている。
ーどっちつかずじゃないか。だが間違いない。祐二を崖下につき落としたのも、僕をつき落としたのも、こいつらだ
ー祐二は一時の感情とはいえ涼子を帰らぬ人にしてしまった。この親子とも何等かの絡みがあったんだろう。同じカメラを持つ同士、何かがあったに違いない
ーだが、僕とは初対面だ。話すらしていない
高之ははっきりといらだちを感じた。
「わたし、その子知ってるよ」
泣きはらした腫れぼったい眼をしてまりあが寝室から声をかけてきた。
画面には父親の腕に寄り添う少女が静止画像で映っている。高之は怒りを込めて少女を見ていた。
「あの空港での先週の飛行機事故、はじめから最後までビデオに収めたっていってワイドショーに取り上げられていたわ」
「違うな、それは」
高之は憤慨を込めてため息をついた。
ー危険なカメラが子供のおもちゃにされている
「どうしてその子がそこに写ってるの?」
「この親子も似たようなカメラを持っているんだよ。祐二の最期のテープに録画されていた。祐二はこのカメラで自分自身を救えなかったみたいだけどね」
まりあは力なく高之の側に座りこんだ。
「飛行機事故もこの子のせいだというの」
「飛行機事故だけじゃない、昨日の僕の事故もこの子だよ。この子はカメラで遊んでいる。罪悪感なんて感じていないだろう。小さい子供の思い通りになるんだから」
「父親はどうしているの。父親は止めないの?」
しばらく二人で祐二の最期のテープを見ていたが、まりあはどうしても涼子のことが頭から離れないでいた。
「疲れたから今日は帰るわ。泊まっていきたいけど涼子のこともあるし。頭の中、めちゃくちゃよ」
「なんか悪かったな」
「あなたは悪くないわ。好きよ」
高之はまりあを自宅まで送って行くことにした。こんな精神状態で車の運転は無理だろうと判断したからだ。
「まりあを送った後で警察にこのテープを届けるよ。警察がどう判断するかは別としてね」
「精神異常者扱いだけはされないように気をつけるのよ」
高之の運転に身を任せ、まりあは助手席でうとうとしている。涼子のことが相当こたえているようだ。
どのくらい進んだのだろう。急に渋滞が始まった。5分、10分、ぴたりと動かなくなって、30分が過ぎようとしている。
ーくそっ
高之は何の解決にもならないことだとは知りながらクラクションを鳴らした。
「お兄さん、無駄だよ」
「何があったかご存じなんですか」
隣で渋滞に巻き込まれているおじさんに話しかけた。
「高之、どうしたの」
クラクションの音に目を覚ましたまりあが問いかける。そのまりあを左手のゼスチャアで留めるとおじさんの声に耳を向けた。
「ラジオをつければ判ると思うけどさ、なんでもバスが横転したらしいぞ。いましがた火も出てきたらしい」
まりあがラジオをつける。
「珍しいですね。こんなきれいな国道で横転なんて。近くですかね」
「さぁ、どうだろうね」
「近くよ」
まりあが前方を指差して、緊張した声で言った。
「あの陸橋のした辺りよ。そしてあの子がいるわ。ほら」
確かに陸橋が見える。黒い煙も出はじめている。そして煙に混じって陸橋の上に小さい影が見え隠れしている。
「父親の姿が見えないな。まぁしょうがない。どうしようもないけど、ちょっと行ってくるよ」
「ちょっと行ってくるってどういうことよ」
高之は後部座席から祐二のカメラを取り出した。
ーあんまり使いたくはないんだけどな
「目には目を、歯には歯を、かな。充電もしたし、難点はオートフォーカスが効かないってこと」
「何悠長なこと言ってんのよ。相手はばけものよ」
「違うね。ばけものはカメラだけだよ。あの子は単に楽しんでるだけさ」
そうは言ってみたものの、高之も判断はつけかねていた。無邪気に遊んでいるのか、意図して殺戮しているのか。一瞬、掌に汗を感じた。
ー向日葵くん、僕はどうなるんだろうね
夏の太陽が高之を照りつけた。
「そのうち動き出すから、車にいろよ」
まりあへの言葉が他人の声のように高之自身に聞こえた。
車道は排気ガスで息が詰まりそうだった。高之は歩道に道を取り、陸橋に向かって歩きはじめた。進むにつれ異様な光景が高之を逆上させていった。
ーなんなんだよ。これは
車が転倒している。話ではバスだと聞いていた。ラジオでもそう言っていた。なのに今はバスの近くの乗用車も転倒している。
ドタンっ
高之が横を通った車が転倒した。停車している車が転倒したのだ。
高之は歩を早め、ついには走り出した。走りながらカメラの電源を入れる。陸橋が目の前に来た。録画ボタンに指をかける。陸橋の階段を上る。
ー頭の中が真っ白だ。なんだって僕がこんな目に遭うんだ
高之は録画を始めた。
少女は陸橋の上から身を乗り出すようにして、渋滞している道をファインダーで覗いていた。
「名前は何て言うの」
高之の問いかけに少女は見向きもしなかった。
ドスンっ
また一台車が横転した。
「パパはどうしたんだい」
少女はファインダーから目を離し、高之の方を向いた。
「祐二もそうだった、カメラをわたしに貸そうとしなかったわ。パパもそうよ、何かと理由をつけては取り上げるの」
ー祐二とこの子の関係はなんなんだ
「そして祐二はわたしを邪魔もの扱いにして殺したわ。だから今度は殺される前にパパには眠ってもらったの、峠でしばらく目は覚めないようにしといたわ」
少女はカメラを両手でしっかりと持っている。
「おにいさんもわたしの邪魔をするの?カメラを取り上げるつもりなの?」
高之は祐二のカメラを少女に見せた。
「取り上げる気はないよ。僕はカメラを持っているもの」
「でもきっとわたしのが欲しくなるわよ。だって」
「だって、なんだい」
「秘密よ。パパとわたしの秘密」
高之は一歩、少女に近づいた。
「このカメラに見覚えはないかい」
少女も一歩、高之に近づいた。
「何?そのカメラ」
少女の顔が醜く歪んだ。
「どうしたのよ、それ。祐二のカメラじゃないの」
少女の声が大きく響いた。その声よりもっと大きく悲壮な声が少女を驚かせた。
「あなたは誰なの。涼子なの?」
車で待っているはずのまりあがそこに立っていた。
「まりあじゃないの。元気そうね」
まりあは下唇をかみながら首を激しく横に振った。
「あなたは涼子じゃないわ。彼女は一年前に死んだのよ」
「殺されたの」
「祐二さんの撮ったビデオテープを見たわ。何回も見たわ。でもあれは事故だったのよ」
リョウコの表情は険しくなり目は血走っている。
「そのカメラのせいなのよ。そいつが祐二を狂わせて、わたしを殺したんだから。テープを見たんならそのくらいわかるでしょ」
「カメラのせいにするもんじゃないわ、涼子。祐二さんに気に入られようといっつも彼の言うことを聞いてばかり。あなたは疲れてたのよ。それと事故が重なっただけ」
リョウコはまさに大人のしかし聞き分けのない涼子の声で震えながらまりあに訴えた。
「だって、だって、好きだったんだもの。嫌われたくなかったんだもの。祐二を独り占めしたかったの。言うこと聞いていい子にしてれば、祐二は側にいてくれたんだもん」
「涼子、恋人同士ほんとに好きだったらちょっとしたわがままも聞いてくれるよ」
リョウコはカメラのスイッチに指をかけた。
「祐二とわたしは本当の恋人同士じゃなかったって言いたいの」
電源ランプが点灯する。
「あなたもうるさいわ。じゃまよ。そんなにカメラの力が信じられないのなら、身を持って体験すればいいのよ」
レンズがまりあに向けられる。
「これでわたしはあなたを殺すこともいかすこともできるのよ」
親指が録画ボタンにかかる。
「涼子ちゃん、」
とっさに高之は少女に向かって祐二のカメラをまわしはじめた。ピントはあっている。少女は反射的に被写体をまりあから高之へ変えるとすばやく10歩程後退した。祐二のカメラのピントがずれる。
「おにいさん、祐二のカメラを投げ棄てなさい」
ピントをあわせる余裕が無い。歯を食いしばる高之。だが、からだは言うことをきかない。
「自分の意志とは無関係に動くのよ。祐二の言葉でわたしがバスに飛び込んだように」
高之は祐二のカメラを陸橋の上から遠くに投げ棄てた。車のボンネットにあたる音で祐二の意志が消滅するのを感じた。
レンズは再びまりあを被写体として捕らえた。
「まりあ、これでもまだわたしの邪魔をするの。友達だから言うわ、車に戻りなさい。もう今日は飽きたからこれ以上の事はしないわ。あなたたちの車も横転させたりしないから安心して。でも、もうわたしの前に現れないで」
飛びかかろうと身構える高之に見向きもせずリョウコは言った。
「彼氏がわたしに飛びかかったら、まりあは陸橋から飛び降りるのよ。あぁあ、言っちゃった」
無邪気に舌を出す少女。高之とまりあは顔を見合わせるしかなかった。
「早く車に戻りなさい。シートベルをするまでずっと撮り続けるからね」
「わかったよ。行くよ。でもこのテープは僕には不要だから、きみにあげるよ。祐二が崖下で君にあてた内容だ。あやまってる、後悔してる、そして君との思い出に感謝している。これだけは渡しておくよ」
ゆっくりと少女に向かって高之はテープを投げた。テープは少女の足元に落ち、ケースがはじけテープ本体のみ足元に残った。
祐二が涼子にあてた最期のビデオテープ。カメラを持つリョウコの手が震える。茫然として足元のテープを見入るリョウコ。少女の瞳に涙があふれた。
とっさに高之はまりあの肩をたたいた。
ー今だ、行けっ
だが、その必要もなかった。
リョウコは祐二のテープを胸に押しあてたままその場に座り込み、高之に問いかけてきた。
「祐二はほんとうにわたしのこと愛してた?」
まりあが笑顔でゆっくりとこたえた。
「愛してたわよ。楽しい想い出が自慢できるくらいたくさんあるそうじゃない。うらやましいわ。テープの最後で泣きながら言ってたよ、どうして救えなかったんだって」
「わたし、じゃまものじゃなかったのね」
「じゃまものなんてそんなことはないわ。ちがうわよ。見ればわかるわ」
少女は立ち上がると高之にカメラを手渡した。
「このテープにさわるだけで祐二の気持ちがわかるような気がするの。カメラはあなたが処分して。このからだも少女に返すわ」
少女はその言葉と同時にテープをしっかりと握り締めたまま、その場で気を失ってしまった。
高之とまりあは少女を後部座席に乗せると、解消しはじめた渋滞を後にした。
「これからどこに行くの」
「身元も判らないから、とりあえず父親を眠らせたと言ってた峠に行ってみるよ」
「わかるの」
「うん、この親子と祐二とぼくの共通の峠だと思うんだ。テープに場所も出てたしね」
雨を降らせなかった入道雲を夕日が染め上げる頃、3人は目的の峠に到着した。峠には古めかしい喫茶店があった。
高之が喫茶店の駐車場に車を止めると、一人の男性が正面から近づいてきた。その男はカメラのファインダー越しに高之たちを見ている。
「うちのリョウコを返していただけませんか。おっと動かないで」
ービデオカメラだ
ー高之っ
高之は硬直する自分を感じた。まりあは震えている。
「パパァ」
車から飛び降りる少女。
「どこ行ってたの、心配したよ」
「おにいさんたちにさらわれたの。でね、リョウコのカメラを取り上げるんだよ」
父親は優しい笑顔を浮かべたまま、車の正面に立っている。
ー祐二のビデオに写っていた顔だ。あの笑顔とあの落ち着いた声だ
「じゃあ、そんな意地悪なお兄さんたちなんて、いなくなってもらおうか」
ーくっ、祐二のときと同じじゃないか
まりあは横で涙を流し続けている。
「君たち、自殺してください。そうですね、そのままバックしていただくとよろしいかと」
高之の左手は彼の意志とは無関係にギアをバックに入れなおした。
少女は父親の腰に手を回し、にこやかに微笑んでいる。
高之は向日葵の言葉を思い出した。
「それと、もう一台同じようなカメラがあると祐二さんは言っていました」
ー何言ってんだよ。もっとあるじゃないか
車は向日葵の群生する谷に向かって夕日の中を静かに後進しはじめた。
完